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Ⅳ. 疫学解析からみた症例の特徴

1. 小児

1) IPD

図-26
小児へのPCVs導入によるIPDの減少

小児IPD例の年次的変化を図-26に示す。IPDはi)髄膜炎,ii)フォーカス不明の敗血症と菌血症,iii)血液培養によって菌が分離された肺炎,iv)その他に大別した。

本来,発症例の推移は10万人あたりの罹患率(incidence)の推移として算出するのが世界的な尺度である。しかし,私達のサーベイランスは同一規模で実施してきているものの,主体的な活動であるため残念ながら罹患率を算出できない。そのため発症例数の推移として表している。罹患率の正確な算出は,不用意な抗菌薬の前投与がないこと,検査精度が一定して高いこと(肺炎球菌は1度でも注射薬が使用されると培養では証明することが困難),血液培養等が入院時に実施されていること等の条件がそろってはじめて可能である。わが国の医療事情を考えるとなかなか難しい問題である。

さて,IPD推移の中で最も注目されたのは,PCV7,PCV13の導入によって髄膜炎例が導入前から87%も激減したことである。本症の発症は1歳代までが大半を占めるが,これらの年齢層に対するワクチン接種の施行が大きな効果をもたらしているといえる。敗血症や肺炎例もワクチン導入後には明らかに減少しているが,ワクチンタイプに含まれない血清型の菌によって一定数が発症している。化膿性関節炎等を含めたその他も減少している。

2) 急性中耳炎(AOM)

図-27
小児へのPCVs導入後の急性中耳炎起炎菌の変化

図-28
急性中耳炎由来肺炎球菌の莢膜型変化

図-27には急性中耳炎(acute otitis media:AOM)の起炎菌について2006年と2016年のサーベイランスの成績を示す。これらは耳鼻咽喉科clinicの協力によって実施され,起炎菌の解析はPCR法と培養法とを併用して解析された(Ubukata K, et al., Pediatr Infect Dis J. 2018;37:598-604)。検査材料は慎重に採取された鼓膜切開液と耳漏である。

PCVs導入前にはAOMの起炎菌は肺炎球菌とインフルエンザ菌がほぼ同率であったが,導入後には肺炎球菌は半減,インフルエンザ菌が相対的に増加している。この変化に伴う肺炎球菌の莢膜型の変化は図-28に示す。ワクチン導入前にはPCV13タイプは82.8%と優位であったものの,PCV13導入後3年目には18.5%へと激減している。それに替わってNVTの割合が相対的に増加している。

AOMにおいては2つのことが注目される。ひとつは,PCV13タイプの中でワクチン効果が低いといわれる血清型3の割合がほぼ半減していたことである。もうひとつは,NVTの中でもgPRSPの多い15Aと35Bの割合がIPDと同様に増加していることである。上咽頭にコロナイズしている肺炎球菌が変動していることが推定され,今後これらの動向には注意が必要である。

3) まとめ

小児の肺炎球菌感染症とPCVs導入との関係は次のようにまとめることができる。

  • PCVs導入によって上咽頭にコロナイズしていたワクチンタイプは激減している。
  • その結果IPD発症例の減少,特に化膿性髄膜炎の発症例は激減している。
  • 小児肺炎例で肺炎球菌を起炎菌と確定するのは難しいが,肺炎の入院例は確実に減少している。
  • 肺炎球菌によるAOM例は半減している。
  • IPD由来株では遺伝子学的解析によるgPRSPの割合はPCVs導入前の54%から11%台へと激減している。
  • PCVsでカバーできない血清型と耐性菌の動向に対する継続的サーベイランスが必要である。

2. 成人

1) 年齢とIPDとの関係

図-29
成人のIPD発症年齢と感染症の特徴

図-30
成人IPD発症例における疾患別の予後

年齢とIPDとの関係は,発症例を髄膜炎,フォーカス不明の敗血症/菌血症,血液培養陽性であった肺炎,その他の4群に区別して集計し,その成績を図-29に示す。

髄膜炎の年齢中央値は65歳,肺炎は74歳と10歳近い開きがみられ,敗血症/菌血症はそれらのちょうど中間の69歳となっている。つまり,疾患によって発症年齢に明らかな違いがみられ,しかもIPD全体の年齢構成をみると65歳未満が31.8%を占めていることが注目される。

これらの対象例のうち,予後について回答いただいた1652症例(回答率89%)の結果をまとめたのが図-30である。後遺症(+)については神経学的後遺症などを含め,死亡については入院後28日以内の死亡で担当医師が本症による死亡と判断された例としている。

60歳以上が圧倒的多数を占める肺炎や敗血症においては死亡率がそれぞれ21.3%,24.1%と高率であるのに対し,髄膜炎においては死亡例よりも神経学的後遺症を残した例が圧倒的に多く認められた。統計学的にもIPDは疾患によって予後が有意に異なることが明らかにされている。

これらのデータを考察すると,肺機能が著しくダメージを受けている肺炎例では時間単位で病態が悪化し,発症から確定診断に至るまでの時間経過の長さが予後を大きく左右するようにみえる。これに対し,肺機能がダメージを受けていない髄膜炎例では年齢の比較的若いことと相まって,救命しうるが重篤な後遺症を残しやすいことに繋がっているようである。

2) 基礎疾患とIPDとの関係

図-31
成人IPD発症例における基礎疾患と予後

成人のIPD発症例ではリスク因子としてさまざまな基礎疾患を保持する例が多い。基礎疾患の内訳と予後との関係は図-31に示す。悪性疾患,糖尿病,心血管系障害,免疫低下状態,肝疾患,腎疾患,COPDを含む肺疾患など,発症例の85.4%が何らかの基礎疾患を有していた。ここに示したようなさまざまな基礎疾患を持つこと自体が発症のリスク因子である。その中でも心疾患,肝疾患,腎疾患において特に予後不良率の割合が高い

3) 肺炎例のリスク因子解析

表-2
成人IPD発症例の多変量解析による予後不良因子

1)項に記した年齢的特徴から,肺炎などと髄膜炎は区別して予後不良因子の解析を行うことが必要と考え,肺炎と敗血症/菌血症例のみを対象として交絡因子を除外した後,多くの因子を説明変数として多変量解析を行い,予後不良因子を明らかにした。

その成績を表-2に示す。説明変数はi)年齢,ii)基礎疾患,iii)入院時の処置,iv)入院時各種検査値,v)起炎菌の莢膜型や感受性などである。死亡と最も関連していたリスク因子はi)WBC値が4,000/μL未満であることがオッズ比(OR)6.9倍,ii)発症年齢80歳以上が 6.5倍と突出して高かった。次いで,iii)血清クレアチニン値異常(≥2.0mg/dL)が 4.5倍,iv)肝疾患保持が 3.5倍,v)呼吸管理が3.0倍,vi)LDH高値(≥300 IU/L)が 2.4倍であった。

菌側の因子である莢膜型ではNVTがOR 1.5倍であったが,有意差は認められていない。ここには示さなかったが,薬剤耐性型や治療の第一選択抗菌薬の種類は,予後とは関連していなかった

4) 入院時WBC値と予後との関係

図-32
成人IPD発症例における死亡と入院時WBC値との関係

多変量解析においてオッズ比の最も高かったWBC値と死亡例の在院日数との関係を図-32に示す。死亡例は入院当日から翌日までが最も多いが,そのうちWBCが4,000/μL未満の症例では実に82.9%が3日以内に死亡されている。またそれ以上のWBC値であっても53.1%が3日以内に不幸な転帰をとっている。

これらのデータをKaplan-Meier生存曲線に当てはめると有意な差がみられる。特に4,000/μL未満では,入院3日目までが非常に重要な意味をもっていることが明らかである。

つまり,この成績は重症であればあるほど迅速診断が不可欠で,培養主体の現状の細菌検査は臨床の期待に応えていないことを示している。

5) PPSV23接種者でのIPD発症例

小児へのPCVs導入後,私達はPCVs接種者からの依頼検体中にいわゆるワクチン無効例(vaccine failure)を経験していない。しかし,成人へのPPSV23接種では,そのワクチン効果に対する見解は分かれているように思われる。特に,PPSV23の効果についてのわが国の報告は,高齢者収容施設や限局された地域での評価が主体で,高齢者の肺炎予防には一定の効果があるとするデータである。

図-33
PPSV23接種者でのIPD発症例 (n = 53)

しかし, PPSV23の接種後にIPDを惹起した発症例由来の肺炎球菌の莢膜型が調べられ,正式には報告されていないように思う。図-33は,2014年度から2016年度にかけての私達のサーベイランスの成績から集計したものであるが,PPSV23接種者のIPDは53例含まれており,大多数が菌血症を伴う肺炎であった。そのうち,23価タイプに含まれる莢膜型菌による発症例を52.8%認めた。ちなみに,PCV13でカバーできる例は41.5%認めている。これらの症例の多くは高齢者であることに加え,さまざまな慢性疾患を高い割合で保持している。先述したように,特に莢膜型3菌のIPD予防にはPPSV23の接種のみでは限界がある。

6) 莢膜型による予後不良率の違い

図-34
莢膜型毎にみた予後不良率

図-34には,莢膜型によって予後不良率にどの程度の差があるのかを示す。成人全体の予後不良率は27%であるが,それぞれの莢膜型でみると予後不良率が45%と高い6A型から9%の7F型までかなりの違いがある。なお,これらにはPCV13タイプのうちの12タイプが含まれていることが注目される。PCV13を除くPPSV23の12タイプではちょうど半数が含まれている。これらの成績をみると,病原性の高いと思われる莢膜型株による発症をワクチンによっていかに予防できるかが重要なキーポイントである。

7) まとめ

  • 小児へのPCVsの導入と定期接種化の影響は成人にも及び,IPDの莢膜型は変化している。
  • それに伴い成人由来株でもgPRSPは32.4%から15.5%へと有意に減少した。
  • ただし,成人でPCVsタイプの肺炎球菌に対する抗体が獲得されているわけではない。
  • 成人IPD例では基礎疾患保持率が高く,このため死亡と後遺症を含む予後不良率は極めて高い。
  • 死亡例の多くが入院3日以内であり,血液検査値等に明らかな特徴がみられる。
  • リスク因子を複数以上保持する65歳以上では,PPSV23既接種者でもワクチンタイプによってIPDが惹起 されている。
  • 成人ではムコイドタイプの莢膜3型菌の発症予防を考える必要がある。
  • 免疫学的老化(immunological senescence)が一段と進む60~65歳でPCV13接種を先行するのが理に適っている。