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V. ゲノム解析からみえる肺炎球菌の進化

1. ゲノムの特徴

図-35
肺炎球菌のゲノムの特徴

肺炎球菌のゲノム解析は多くの莢膜型の肺炎球菌について解析されているが,基準となるのはR6株(Accession No. NC_003098)のゲノム情報である。

図-35には肺炎球菌の各pbp遺伝子のゲノム上の位置と,近年,世界の菌株と比較する手法として主流となっているMultilocus Sequence Typing (MLST)解析に使用される7遺伝子の位置を示す。

本菌のゲノムの特徴は,右斜め2時に位置する莢膜遺伝子群(cps)を挟むように耐性に関わるpbp2xpbp1a遺伝子が存在していることである。莢膜は多糖体であるため多くの酵素がその合成に関わっており,それらの酵素をコードする10個以上の遺伝子が20~30kbの領域(群)を形成している。このゲノムの特徴が,莢膜遺伝子群の組み換え(capsular switching)と同時に新たな莢膜型の耐性菌を出現させることに繋がっている。

ゲノムの相同性から菌の近似性を類推するMLST解析に用いる遺伝子は,ゲノム上に比較的散在するように選択されているが,これらは生存に不可欠の酵素をコードする遺伝子で,変異が生じ難いものが選択されている。MLST解析はi) 先ず7遺伝子を塩基解析,ii) 次いで,MLST Webサイトを通じて世界中から登録されている菌株データと照合されそれぞれのallele番号を取得,iii) 7遺伝子のallele番号の並びの同一のものがあればそのprofile番号を取得,iv)今までに報告のない新たなprofileであれば新規のprofile番号が付与される。この7遺伝子の番号の並びをSequence Typing (ST)といい,さらにそのSTの近似集団をClonal Complex(CC)という。

2. MLST解析

IPD由来の全菌株についてMLST解析を行った詳細は省略するが,登録サイトには14,000のSTが登録されている。このことは解析対象となっている7遺伝子にもおびただしい変異が挿入されていることを意味している。肺炎球菌に限らず,呼吸器系に棲息し常在細菌の一面を持つインフルエンザ菌などは,さらに多数の変異が挿入されているという特徴がみられる。それに較べるとA群溶血性レンサ球菌や肺炎マイコプラズマ菌ではSTの数は少ない。

図-36
新たな莢膜型のgPRSP株の侵入推測経路

肺炎球菌のSTやCCは莢膜型と密接な関係があり,新たなgPRSPが見いだされた際には登録サイトに入力された同じSTの菌を検索していくと,いずれの国からいつ頃登録されたのか明らかにできる。

私達のサーベイランスの期間中,今までgPRSPが認められていなかった莢膜型にgPRSPが見いだされたものについて,STからいずれの国から持ち込まれたのか推定したのが図-36である。代表的なのは米国由来の莢膜型35BのgPRSP,台湾から登録されている莢膜型3のgPRSP,そしてスウェーデンを起源とするが耐性化した地域は不明の莢膜型15Aである。その他,国内でgPRSP化したと思われる莢膜型15C,16F,および23Aも確認されている。経済活動等のグローバル化や観光関連インバウンドの増加により,病原体がヒトとともに世界を駆け巡っていることを改めて実感させる。

どのような莢膜型株が世界で主流となりつつあるのか,そしてそれらのゲノム上の特徴を常に把握しておくことが将来の肺炎球菌感染症を予測する上で重要なことである。

3. 生き残る手段としての遺伝子組み換え

莢膜遺伝子群はpbp2xpbp1a遺伝子に挟まれた特異な遺伝子群領域を形成していることを先述したが,肺炎球菌はこの20~30kb近いDNA鎖を一挙に組み換える能力を有していることが最近明らかにされている(Golbchik T, et al., Nat Genet. 2012;44: 352-355)。

成人IPD由来株の15%,小児のAOMの12%を占める莢膜型3型株は,厚い莢膜のために遺伝子変異を生じ難く耐性化し難いといわれてきた。事実,わが国以外ではgPRSPの報告はなされていない。

図-37
莢膜3型菌(ムコイド株)の莢膜型置換による耐性化

図-38
Capsular Switchingによる莢膜3型のgPRSP出現

しかし,私達の収集株中に恐らく世界で初めてgPRSPを認めたのである。このgPRSPがどのような遺伝子組み換えによって出現したのか全ゲノム解析によって明らかにできた結果を図-37に示す。gPRSPであるST242のTaiwan23F-15の莢膜遺伝子群領域と,gPISP(pbp2x)であるST180のNetherlands3-31の莢膜遺伝子群領域とが組み換えを起こし,その結果莢膜型3のgPRSPが出現したと結論された。この現象を「莢膜(型)置換:capsular switching」と呼ぶ。

組み換え領域をもう少し詳細に図示したのが図-38である。バックを淡いオレンジ色にしている領域が23F型のgPRSP由来部分,グレーで示す領域がムコイド型の莢膜3型由来である。赤の矢印で示したところで組み換えが生じている。CPS locusと記した領域には10個以上の遺伝子がコードされているが,それらを完全に含む20kbと長いDNA鎖が組み換えを起こしていたのである。